・双子自己対象として自己愛を充たすのに適した「萌え属性」

 こちらの続きです。

 最後に、双子自己対象として自己愛を充たすのに適した「萌え属性」とそのキャラクター達を紹介してみようと思う。

 こちらでも書いたように、自己愛の充たし方のバリエーションのなかには「対象となる人物やキャラクターが、自分に似ていると感じられる体験」も含まれる。他人やキャラクターから褒めて貰ったり、理想の対象に自分をダブらせたりするだけでなく、自分によく似ていると感じられる人物やキャラクターに出会えた時にも、自己愛は充たされ得る。自己心理学の言葉でいう、“双子自己対象”、である。

 アニメやゲームや小説などに登場する双子自己対象の場合、単に自己愛を充たしてくれるというだけでなく、作品を楽しむ際の感情移入の橋頭堡になるという点でも重要だ。大抵の人は、自分自身との共通点に乏しい、およそ共感できそうにもない境遇や性格のキャラクターよりは、自分自身との共通点が豊富で共感しやすそうなキャラクターのほうが感情移入しやすいものだ。このため、双子自己対象として体験しやすいキャラクターは、作品世界に没入していく際に自分自身の分身として機能するものが多い。

 近年の「萌え」キャラクターのなかには、このような双子自己対象として体験しやすいような「萌え属性」を持ったものが多数見受けられる。性別が異なるにもかかわらず、男性オタクが我が身を重ねやすいようデザインされた美少女キャラクターにありがちな属性を、以下に紹介しよう。

 【ツンデレ属性】
 ツンデレ属性は2000年代に流行した「萌え属性」のなかでも最もポピュラーなものの一つであり、ライトノベルや美少女ゲーム、深夜アニメなどには高確率で登場する。ツンデレに相当する特徴自体は「萌え」の時代以前から珍しいものではなく、ツンツンしている仕草から垣間見える好意・デレデレした態度に変化する甘美な瞬間……等々は昔から愛されていた。

 つまり、「鏡映自己対象としてのツンデレキャラクター」とでも言うか、「男性主人公(と消費者)に対して好意と関心を向けてはいるけれども、それを押し隠す姿がかわいらしいキャラクター」が人気だった。少なくとも初期のツンデレキャラクターに関しては、このようなニュアンスのほうが濃厚だ。

 ところが、ツンデレキャラクターの、感情的に不器用な態度が(同じく感情的に不器用なオタク達の)シンパシーを惹き起こしやすい点や、感情移入の橋頭堡として優れていると知られるにつれて、双子自己対象としての機能を強調した、新しいタイプのツンデレキャラクターが脚光を浴びやるようになってきた。

 例えば、「素直な感情表現が苦手で、コミュニケーション上の不器用さを持て余している」傾向のツンデレ美少女キャラクターであれば、素直な感情表現やコミュニケーションの不器用さを持て余している男性ファンにとって双子自己対象としても機能しやすい。しかも“うだつのあがらない男性主人公”を双子自己対象にするのとは異なり、自分自身と重ね合わせて擬似体験されるのは“かわいい美少女キャラクター”なのである。

 このように、ある時期以降のツンデレキャラクターは「エモーショナルな次元では双子自己対象」として強烈に機能しつつも「容姿の次元ではかわいい理想化自己対象」として強烈に機能する。こんな具合に、二つの自己対象機能のために、後期のツンデレキャラクターがツボにはまると、自己愛を充たすうえでずば抜けた役割を発揮することになる。

 ツンデレ属性の代表的なキャラクター(前期型:双子自己対象としてのニュアンスは弱い)
 七瀬 留美(ONE 〜輝く季節へ〜)1998年
 遠野 秋葉(月姫)2000年
 涼宮 茜(君が望む永遠)2001年

 ツンデレ属性の代表的なキャラクター(後期型:双子自己対象としてのニュアンスが強い)
 柊かがみ(らき☆すた)2004年
 秋山澪(けいおん!) 2007年
 高坂桐乃(俺の妹がこんなに可愛いわけがない)2008年


 【無口属性】
 ツンデレ属性の美少女キャラクターは双子自己対象としても機能し得るものだった。しかし、ツンデレキャラクターはツンツンしているという性質上、どうしても強気で口数の多いキャラクターに偏ってしまいやすい。この性質が仇となってツンデレを敬遠する向きもあって、ツンデレ属性の発展となかば平行するような形で、より寡黙で自己主張の少ないタイプの美少女キャラクター達も双子自己対象として発展してきた。

 ツンデレ属性と同じく、無口属性に該当するキャラクターもまた、感情表出の不器用なオタク男性が双子自己対象として体験するには向いている。ただし、同じ不器用でも感情表出の激しいツンデレとは対照的に、殆ど感情表出がみられず、表情の変化も乏しい。それ以外の特徴面でもツンデレ属性との差別化が著しく、冷静沈着・膨大な知識・控えめな態度といった長所に恵まれたキャラクターが多く見受けられる(逆に、こういった長所に恵まれたツンデレキャラクターはそれほど多く無い)。

 無口属性の美少女キャラクターは、単独で人気を集めるというより、ほかの属性(特にツンデレ属性)を持った美少女キャラクター達とセットで描かれた作品のなかで人気を獲得する、というパターンをとることが多い。昨今のライトノベルや深夜アニメの世界では、さまざまな「萌え属性」を持った複数の美少女キャラクターをセットで登場させる作品が多く、男性オタクはそのなかから自己対象として尤も好ましいキャラクターを選ぶことができるだが、そんななか、無口属性を与えられた美少女キャラクターは根強い人気を誇っている。

 無口属性の代表的なキャラクター
 綾波レイ(新世紀エヴァンゲリオン)1995年
 長門有希(涼宮ハルヒの憂鬱)2003年
 タバサ(ゼロの使い魔)2004年


 【コミュニケーション不全】
 同様に、極端にコミュニケーションの不得手なキャラクター達や、クラスのなかで孤立してしまっているキャラクター達も、(コミュニケーションに屈託を抱えた)ファンの双子自己対象として選ばれることがある。例えばクラスの人気者的な美少女キャラクターなどでは、(コミュニケーションに屈託を抱えた)オタク男性が「自分に近しい境遇」と感じるのは不可能に近い。だが、コミュニケーション不全なキャラクターや“ぼっち”なキャラクターであれば、自分に似た、けれどもかわいいキャラクターを自己対象にできる、というわけである。

 コミュニケーションの不得手な美少女キャラクターは、keyの作品を中心に2000年代前半までは比較的ポピュラーで重要な「萌え属性」だった。しかし、2000年代後半になってオタク文化圏が全般的にカジュアル化したことを受けてか、重度のコミュニケーション不全の傾向を呈しているキャラクターが人気を独占するような事例は少なくなってきている。『僕は友達が少ない』のような、軽いテイストのもののほうが主流だ。

 コミュニケーション不全(属性)の代表的なキャラクター
 神尾 観鈴(Air)2000年
 CROSS†CHANNELのキャラクター全般 2003年
 伊吹風子(CLANNAD)2004年


 【オタク美少女】
 「アニメやゲームに耽溺している」という設定を貼り付けることで双子自己対象として体験しやすく仕上がり、人気を博した美少女キャラクターも存在する。このタイプの美少女キャラクターは、単にオタク趣味を嗜むというだけでなく「隠れて嗜む」「オタク趣味を嗜む自分自身を自嘲している」という描写がなされ、そこが感情移入のフックとなっている場合もある。外見がどれほど“かわいい美少女”であっても、内面的にはオタク趣味を嗜む者にありがちな屈託や自嘲を含んでさえいれば、オタクが我が身をダブらせることはそれほど難しくない。ただし、昨今は界隈のカジュアル化の影響を受けており、「隠れて嗜む」描写でなければならない必然性は低下している。

 オタク美少女の代表的なキャラクター
 荻上 千佳(げんしけん)2002年
 泉 こなた(らき☆すた)2004年
 高坂桐乃(俺の妹がこんなに可愛いわけがない)2008年

 【女装男子/男の娘属性】
 古くから、オタク界隈では「ショタ」と呼ばれる幼年男子や「ふたなり」と呼ばれる両性具有のキャラクターがしばしば登場しており、狭くてマイナーなニッチながら需要に応えてきた。

 ところが2005年頃から、「中身は男の子だけど女装して美少女」というパターンのキャラクターがおおっぴらに支持を集めるようになり、オタク向けの女装テキストブックが秋葉原の店頭を飾るようになってきた。人気作品にこうした新しいタイプの女装男子――いわゆる「男の娘」――が登場し、支持される状況は、かつての「ニッチな嗜好としての女装」とは一線を画している。

 2005年頃からポピュラーになった「女装男子」は、旧来のニッチな「ショタ」「ふたなり」の流れを継承してはいるものの、双子自己対象として美少女キャラクターを消費するのが一般化した一連の流れがあってはじめて、おおっぴらに普及したと考えるのが筋だろう。ツンデレ美少女や無口系美少女といった、自分自身の身を重ねあわせて自己愛を充たすのに適したキャラクターがごく当たり前に消費されるようになったからこそ、その延長線上として「男の娘」に対する抵抗がなくなったのではないか ; 「男の娘」は、美少女キャラクターに我が身を重ねて自己愛を充たすという営為が孕むグロテスクさを、あまりにあからさまに表現しすぎてはいるが、そのあからさま感も、「ツンデレ萌え」などに慣れきったオタクであれば、さほど気になるものではあるまい。
 
 そういう意味では、「「男の娘」の父は従来のショタやふたなりで、母はツンデレ美少女」ぐらいに喩えるのが妥当ではないかと思う。
 
 宮小路瑞穂(処女はお姉さまに恋してる)2005年
 木下秀吉(バカとテストと召喚獣)2007年
 漆原るか(STEINS;GATE)2009年


 以上、男性ファンが自分自身を重ね合わせるのに適した、双子自己対象として自己愛を充たしやすい「萌え属性」を紹介してみた。

 こうした「萌え属性」がオタク界隈に普及するにつれ、男性主人公が担っていた筈の双子自己対象としての機能を、美少女キャラクターが代替するような作品が珍しくなくなっていく。はじめのうちは、専ら鏡映自己対象としてオタクの自己愛を充たしてくれていた美少女キャラクター達が、いつしか理想化自己対象や双子自己対象としても自己愛を充たしてくれるようになったのである。これでは、男性主人公を登場させなければならない必然性がなくなってしまう。

 00年代にかけて、「男性主人公の存在感の希薄な、美少女キャラクターばかり登場する作品」が男性オタク界隈でブレイクしやすかった要因の一つは、おそらくこういうことなのだろう。自己愛充当の三系統すべてを、“かわいい美少女キャラクター”を介して充たせるようになったオタク達にとって、もはや男性臭い男性キャラクターなど“お呼びでない”のである。

 →続き(10.「萌え」の近況と、それを踏まえた今後の予測)を読む


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