・バーチャル村社会を介した自己愛充当(2)ニコニコ動画
こちらで紹介したように、『2ちゃんねる』はインターネット上において集団的に自己愛を充たすのに適したツールとして、日本のインターネット普及期に大きな存在感を示していました。しかし、そんな『2ちゃんねる』にも「荒らしが来るとすぐにスレッドが荒れてしまう」「書き込みが1000件を超えるたびにスレッドを立て直さなければならない」という欠点がありました。
なにより『2ちゃんねる』の場合、優れた発信者や表現者の“手柄”がスレッド全体のものになってしまうため、その“手柄”を材料に[1.他人に評価されたり褒めて貰ったりして自己愛を充たす]にあたり、必ずしも効率的ではありませんでした※1。そもそも『2ちゃんねる』上でどれほど優れた発信や表現をしたところで、書き込みが1000件を超えてしまえばスレッドが流れて0にもどってしまうのです。この、『2ちゃんねる』ならではの特徴は、発信や表現をする側の人間にとってあまり嬉しくない特徴だったと思います。
※1くわえて、将来の自己愛充当可能性を広げてくれるような「ネット発信者として評判や評価」を集めるにあたっても、『2ちゃんねる』という匿名空間は甚だ非効率でした。
ところが、2007年になって登場した『ニコニコ動画』では、こうした欠点が見事にカバーされていました。
『ニコニコ動画』は、スレッドの代わりに動画別にコメントをつける形式になっていますが、匿名同士が身を寄せ合って自己愛を充たすという構図は『2ちゃんねる』に似ています。『ニコニコ動画』のコメントは、スレッドではなく動画の任意のタイミングに対してつけられ、集まった称賛・共感のコメントが蓄積し、動画内がヒートアップすればするほど、コメントをつけた人は動画との一体感を介して自己愛を充たすことができます。このあたりは、『2ちゃんねる』のスレッドが盛り上がっている時とだいたい同じです。
※『ニコニコ動画』内の人気動画のスクリーンショット。画面内に連なるように表示されている文字は、「コメント弾幕」と呼ばれている。このように、動画内の特定のシーン(例えば歌ならサビのシーン)にコメントが一斉に表示されるため、コメント投稿者の間ではお祭り感覚やライブ感覚に似たような一体感を、いつでも、どこでも体験することができる。
のみならず、自己愛充当の観点からみて『ニコニコ動画』には『2ちゃんねる』に無い幾つかのアドバンテージがあります。
第一に、『ニコニコ動画』では動画内の任意の瞬間にコメントをつけることが出来るため、動画のなかの特別に面白いシーンにたくさんのコメントが集中することがしばしばあります。このため、似たような内容のコメントがワンシーンに集中すると、ライブの最中に大勢で盛り上がっているような一体感を、動画を観ながら体験できます。しかも、それが動画上の特定の瞬間につくわけですから、この一体感にはリアルタイム性が伴っています。『ニコニコ動画』の人気動画では、こうしたコメントの集中が画面を埋め尽くすほど寄せられることがあり、“コメント弾幕”などとも言われていますが、このコメント弾幕はあたかもライブハウスの一体感のようで、他の閲覧者達との一体感・御神輿としての動画との一体感を介して自己愛を充たすには最適の状況と言えます。
第二に、動画に称賛や共感のコメントが集まると、動画の制作者自身がダイレクトに自己愛を充たすことができます。前述のように、『2ちゃんねる』の場合は発信者がどれだけ頑張っても“手柄”はあくまでスレッド全体に帰属し、秀逸な投稿をした人自身に帰属するわけではありませんでしたが、『ニコニコ動画』の場合は動画それぞれにコメントがつき、動画作成者のidやハンドルネームが明示されているため、この限りではありません。優れた発信者に対する賞賛や共感の声は、そっくりそのまま動画作成者の“手柄”になりますし、評判の良い動画を投稿し続けるような人には自然と人が集まり、さらなるチャンスも集まるようなつくりになっているため、動画コメント上での集団的な自己愛充当/動画制作者自身の個人的な自己愛充当とを無理なく両立させられるシステムになっているのです。
第三に、もし動画にネガティブなコメントがついた場合、ネガティブなコメントをつける人をブロック(閲覧者の視界から除外)することができます。このブロック機能があるおかげで、ユーザーが気持ちよく一体感を体感している最中に水を差すようなノイズを片っ端から除外し、動画との一体感を邪魔されることなく体験しやすくなりました。『2ちゃんねる』の場合、どれほど優れたスレッドでさえも「荒らし」が登場すると、それがノイズになって自己愛充当を邪魔される、という問題点がつきまとっていましたが、『ニコニコ動画』の場合、そのような痕跡を最小限にして、ネガティブなコメントや「荒らし」をやるようなユーザーを視界から閉め出せるようになりました。閲覧者の自己愛充当の効率性という観点からみて、これは明らかに大きな進歩です。
これらのおかげで『ニコニコ動画』は、
・動画投稿者は、称賛や共感のコメントを介して自己愛を充たせる(鏡映自己対象体験)
・匿名の閲覧者は、リアルタイムなコメント弾幕を介して、理想的な動画との一体感や、閲覧者仲間との一体感を体験し、自己愛を充たせる(理想化自己対象体験)(双子自己対象体験)
・邪魔なコメントは除外できるので、誰かに一体感を妨げられる心配も少ない
という状況すべてが同時に成立するシステムに仕上がっています。
このような、名も無き集団がリアルタイムな一体感を介して自己愛を充たせ、なおかつ発信者が自己愛充当や評判といった“手柄”を独占できるような、そういう共生関係が成立するような場というと、昔はせいぜいライブハウスぐらいしかありませんでした。しかし、ライブハウスは四六時中やっているわけでもありませんし、入場できる人数も限られています。一方、『ニコニコ動画』にはそうした物理的/時間的な制約が殆どありません。いつでもどこでも、パソコンさえ手元にあれば、場所も時間も省みることなく、きわめて安価に、一体感と自己愛を充たすことが可能になったのです。
なにより『2ちゃんねる』の場合、優れた発信者や表現者の“手柄”がスレッド全体のものになってしまうため、その“手柄”を材料に[1.他人に評価されたり褒めて貰ったりして自己愛を充たす]にあたり、必ずしも効率的ではありませんでした※1。そもそも『2ちゃんねる』上でどれほど優れた発信や表現をしたところで、書き込みが1000件を超えてしまえばスレッドが流れて0にもどってしまうのです。この、『2ちゃんねる』ならではの特徴は、発信や表現をする側の人間にとってあまり嬉しくない特徴だったと思います。
※1くわえて、将来の自己愛充当可能性を広げてくれるような「ネット発信者として評判や評価」を集めるにあたっても、『2ちゃんねる』という匿名空間は甚だ非効率でした。
ところが、2007年になって登場した『ニコニコ動画』では、こうした欠点が見事にカバーされていました。
『ニコニコ動画』は、スレッドの代わりに動画別にコメントをつける形式になっていますが、匿名同士が身を寄せ合って自己愛を充たすという構図は『2ちゃんねる』に似ています。『ニコニコ動画』のコメントは、スレッドではなく動画の任意のタイミングに対してつけられ、集まった称賛・共感のコメントが蓄積し、動画内がヒートアップすればするほど、コメントをつけた人は動画との一体感を介して自己愛を充たすことができます。このあたりは、『2ちゃんねる』のスレッドが盛り上がっている時とだいたい同じです。
※『ニコニコ動画』内の人気動画のスクリーンショット。画面内に連なるように表示されている文字は、「コメント弾幕」と呼ばれている。このように、動画内の特定のシーン(例えば歌ならサビのシーン)にコメントが一斉に表示されるため、コメント投稿者の間ではお祭り感覚やライブ感覚に似たような一体感を、いつでも、どこでも体験することができる。
のみならず、自己愛充当の観点からみて『ニコニコ動画』には『2ちゃんねる』に無い幾つかのアドバンテージがあります。
第一に、『ニコニコ動画』では動画内の任意の瞬間にコメントをつけることが出来るため、動画のなかの特別に面白いシーンにたくさんのコメントが集中することがしばしばあります。このため、似たような内容のコメントがワンシーンに集中すると、ライブの最中に大勢で盛り上がっているような一体感を、動画を観ながら体験できます。しかも、それが動画上の特定の瞬間につくわけですから、この一体感にはリアルタイム性が伴っています。『ニコニコ動画』の人気動画では、こうしたコメントの集中が画面を埋め尽くすほど寄せられることがあり、“コメント弾幕”などとも言われていますが、このコメント弾幕はあたかもライブハウスの一体感のようで、他の閲覧者達との一体感・御神輿としての動画との一体感を介して自己愛を充たすには最適の状況と言えます。
第二に、動画に称賛や共感のコメントが集まると、動画の制作者自身がダイレクトに自己愛を充たすことができます。前述のように、『2ちゃんねる』の場合は発信者がどれだけ頑張っても“手柄”はあくまでスレッド全体に帰属し、秀逸な投稿をした人自身に帰属するわけではありませんでしたが、『ニコニコ動画』の場合は動画それぞれにコメントがつき、動画作成者のidやハンドルネームが明示されているため、この限りではありません。優れた発信者に対する賞賛や共感の声は、そっくりそのまま動画作成者の“手柄”になりますし、評判の良い動画を投稿し続けるような人には自然と人が集まり、さらなるチャンスも集まるようなつくりになっているため、動画コメント上での集団的な自己愛充当/動画制作者自身の個人的な自己愛充当とを無理なく両立させられるシステムになっているのです。
第三に、もし動画にネガティブなコメントがついた場合、ネガティブなコメントをつける人をブロック(閲覧者の視界から除外)することができます。このブロック機能があるおかげで、ユーザーが気持ちよく一体感を体感している最中に水を差すようなノイズを片っ端から除外し、動画との一体感を邪魔されることなく体験しやすくなりました。『2ちゃんねる』の場合、どれほど優れたスレッドでさえも「荒らし」が登場すると、それがノイズになって自己愛充当を邪魔される、という問題点がつきまとっていましたが、『ニコニコ動画』の場合、そのような痕跡を最小限にして、ネガティブなコメントや「荒らし」をやるようなユーザーを視界から閉め出せるようになりました。閲覧者の自己愛充当の効率性という観点からみて、これは明らかに大きな進歩です。
これらのおかげで『ニコニコ動画』は、
・動画投稿者は、称賛や共感のコメントを介して自己愛を充たせる(鏡映自己対象体験)
・匿名の閲覧者は、リアルタイムなコメント弾幕を介して、理想的な動画との一体感や、閲覧者仲間との一体感を体験し、自己愛を充たせる(理想化自己対象体験)(双子自己対象体験)
・邪魔なコメントは除外できるので、誰かに一体感を妨げられる心配も少ない
という状況すべてが同時に成立するシステムに仕上がっています。
このような、名も無き集団がリアルタイムな一体感を介して自己愛を充たせ、なおかつ発信者が自己愛充当や評判といった“手柄”を独占できるような、そういう共生関係が成立するような場というと、昔はせいぜいライブハウスぐらいしかありませんでした。しかし、ライブハウスは四六時中やっているわけでもありませんし、入場できる人数も限られています。一方、『ニコニコ動画』にはそうした物理的/時間的な制約が殆どありません。いつでもどこでも、パソコンさえ手元にあれば、場所も時間も省みることなく、きわめて安価に、一体感と自己愛を充たすことが可能になったのです。