・バーチャル村社会を介した自己愛充当(1)2ちゃんねる

 『ロスジェネ心理学』第五章では、インターネットを介した自己愛充当の典型的な一例として、twitterを紹介しました。twitterは、個々のアカウントが個人単位で自己愛を充たすには適したツールで、タイムラインを自分の自己愛を充たすために最適化したり、自分の発言へのFavaoriteやリツイートを介して[1.他人を映し鏡にして自己愛を充たす]をやったりするには、効率的だと思います。
 
 ただし、twitterのようなネットツールには、自己愛を充たすにあたって無視できないハードルがあります。そのハードルとは、“誰もが不特定多数から賞賛や共感を集められる文章を書けるわけではない”“ときには批判や罵倒が集まってくるかもしれない”点などです※1。文章が下手くそな人・他人に嫌われやすい文章や面白く無い書き込みを繰り返す人・衝動的な発言を繰り返してアカウントを閉鎖する羽目になりやすい人etc…にとって、自己愛充当の成否が自己責任なネットメディアは決して使いやすいものではありません。

 ※1このハードルは、twitter以外のSNS、あるいはblogといった、個人のアカウントに自己愛充当が紐付けられ、[1.他人の映し鏡にして自己愛を充たす]をメインの自己愛充当の手段にするようなネットサービス全般に当てはまります。

 なら、そういう人はインターネットで自己愛を充たせないのか?

 そうでもないのです。ただ、そこに参加しているだけで集団的に自己愛が充たせるようなネットメディアが、20世紀末から日本のインターネットでは優勢でした。その代表例が『2ちゃんねる』です。『2ちゃんねる』では、特定の話題ごとに掲示板(スレッド)が立てられ、その内側で、その話題に関するやりとりが行われます。スレッドへの書き込みは原則匿名なので、もし誰かが称賛に値するような書き込みをしたとしても、その“手柄”を自分一人で独占するにはあまり向いていません。

2chのテンプレ画像
 ※『2ちゃんねる』の風景。これは[海外旅行板]の[スペイン旅行スレッド]。このように、特定の話題ごとに掲示板(スレッド)が立てられ、その内側で匿名のコミュニケーションが行われている。政治経済からアニメやポルノメディアまで、あらゆる話題やジャンルに関して、このような掲示板(スレッド)が存在している。

 そのかわり、『2ちゃんねる』に匿名で書かれた素敵な書き込みは、そのスレッド(掲示板)に帰属することになります。もし、優れた発言が集積し、そのスレッドが楽しく盛り上がってきたとしたら、その手柄なり盛り上がりなりは“書き込みを行った特定人物だけのもの”にはならず、“スレッド全体のもの”ひいては“スレッド参加者全員のもの”になるのです。
 
 このため、『2ちゃんねる』のスレッドの内部では、特定の優れた発言を行った当人自身が一定レベルで自己愛を充たせるだけでなく、そのスレッドを共有し、そのスレッドに帰属意識を持っている人達も、ある程度は自己愛を充たすことができます。スレッドを誇らしく思う人にとって、スレッドは理想化自己対象として機能するでしょうし、スレッド住民を“仲間”だと感じている人にとっては、スレッド住民同士は双子自己対象として機能するでしょう。

 実際には、自己愛を充たせるような書き込みの“手柄”がどこまで個人/スレッド全体に帰属するのかはスレッドごとに若干の差があり、例えばニュー速VIPの一部のスレッドのように、特定の発言者に“手柄”の大部分が帰属するような例もあります。とはいえ、総論としては『2ちゃんねる』の自己愛充当の様式はスタンドアロンな自己愛充当だけではなく、スレッドを理想化しているような様式・スレッド住民同士の一体感を経由した様式のウエイトが大きなものだと言えるでしょう。
 
 こうした心理学的特徴に加えて、個々の書き込みが匿名となっており、かつ「スレッド内では空気を読まなければならない」「スレッド内で自己顕示をし過ぎる人は叩かれる」といった特徴がみられるため、『2ちゃんねる』は意外なほど昔の村社会に似ています。かつて、『2ちゃんねる』で盛んに言われていたよ「半年ROMってろ」という定型句にしても、それだけ、各スレッドがローカルルールを持った、ハイコンテキストで閉鎖的なコミュニティだったということでしょう。

 『2ちゃんねる』のような村社会との類似性の高いメディアが、日本のインターネット普及期に重要なウエイトを占めていたという事実は、<集団的に自己愛を充たす>という旧来からの日本的な自己愛充当の様式とメンタリティが21世紀初頭の段階においても意外なほど生き残っていたことを示している、と私は思います。そして、インターネット上でも独りでは自己愛が充たしきれないような人達にとって、『2ちゃんねる』的・村社会的な自己愛充当の様式は、今もなお必要なものなのでしょう。
 
 →つづき『バーチャル村社会を介した自己愛充当(2)ニコニコ動画』を読む

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