・あなたの避難港や塹壕をもつ、ということ
どれほど恵まれた人間であろうとも、人生のなかには辛い状況のときがあって、ストレスや葛藤を回避しきれないことがある。ときには嵐のような月日もあるし、そうでなくても、なんらかのトライアルに臨む際にはくたびれるものだ。そういう時機に避難港のような役割を果たす場所や・塹壕として機能するような楽しみを幾つか持っていれば、苦境に際して心の均衡を維持しやすい。
このため、これから新分野に乗り出そうと思っている人や、職場や学校で社会適応に苦労しているような人にとって、避難港のような居場所や趣味は、心理的に重要なファクターとなる。嫌なことがあった時や、少し気分を紛らわせたい時、いつでも立ち返って没頭できる趣味や、多少愚痴りながらも楽しさを共有できるコミュニティがあったりすれば、それあがストレスクッションの役目を果たしてくれる。
この点では、現行のニコニコ動画や2ちゃんねるなども結構いけたりする。最低限の礼儀作法と理解力さえあれば、好きなスレッド・好きな話題・好きな動画を居場所として利用出来る。これら日本独特の匿名サービスが嫌な人は、ネットゲームなり、ブログなり、twitterなり、利用可能なネットサービスは他にもある。もちろん、避難港のような居場所をオンラインに置かなければならないという道理もなく、どこかの呑み仲間や釣り仲間がオフラインの避難港になることもあるだろう。
また、そうしたオフラインに軸足を置いたコミュニティは、一度きりのオフ会やオンラインだけの付き合いに比べて気を遣う部分はあるかわりに、コミュニケーションの様々なノウハウも与えてくれるし、もっと幅のある付き合いが可能にもなる。だから単なるストレス緩和の避難港としてだけでなく、ある種のコミュニケーション修練場としての効果も期待できる。そうなってしまえば、避難港といえども若干のストレスを感じる場になるかもしれないが、職場などでのピンチの時には、じゅうぶんに避難港として機能するので、「多少気を遣う部分はあるけど概ね楽しいコミュニティ」は大切にする価値がある。
もちろん、今日日はオンライン/オフラインという区別が不明瞭な付き合いも多いし、そのような不明瞭さを忌避する道理も無い。そこそこ居場所感があって、そこそこ幅のある付き合いが可能なコミュニティに出会ったら、とにかく大切にしよう。
【注意点】
ただし、塹壕掘り・避難港づくりが極端になって、そこから出てこなくなってしまえば、かえって社会適応が阻害される。
例えばネットゲーム依存や2ちゃんねる依存がきわまり、その領域で心理学的充足が完結してしまうと、その領域外で活動する動機が喪われたり、領域外のスキル蓄積が停止してしまったりして、外に出られなくなってしまう恐れがある。「世間の荒波から避難する場所として選んだ娯楽やコミュニティが、いつの間にか自分の身動きを束縛する底なし沼や暗礁になっていた」なんてのはかなり悲惨な話だが、少なくとも1970~90年代生まれには、そういった人物が決して少なくない。避難港や塹壕は是非持ったほうが良いけれども、そこに全面的に埋没して抜けられないような境遇には注意を。