・一定以上の年齢における時計やアクセサリーについて


 こちらの時計・アクセサリについては、思春期真っ最中の人がファッションとして身につける前提で書いたが、一定年齢を超えると、時計やアクセサリは純粋なファッションとしての意味合いだけでなく、ステータスシンボルとしての意味合いが優勢になってくる。
 
 最も分かりやすいのは、結婚指輪だろう。結婚指輪は、その人が未婚か既婚かを示すシンボルとして機能する。ただし、結婚指輪といえど職業的に衛生性が求められる職業では外されがちなので、「指輪がついていない→未婚」という読みはやめたほうがよく、あくまで「結婚指輪がついている→既婚」という判断だけに留めたほうがいいだろう。
 
 
【結婚指輪以外のアクセサリ、そのステータス性について】
 
 ・靴ほどではないかもしれないが、時計はステータスシンボルとして一定程度機能する。高価な時計は、そのような時計を身につけるに十分な経済的背景・ライフスタイル・振る舞いを身につけている人のステータス性を高める一助になる。ファッションにはさほど関心を示さない年配者でも、身につけている時計の形状には目をやっているケースは多い。特に一定以上の年齢層においては、靴と時計は人物を知るためのマーカーとして確認されやすい。

 ただしこれは、時計に見合った服飾や身のこなしを身につけていれば成立する話で、もし、高価な時計と調和のとれないライフスタイルや身振りの人間が身につけると、「時計が歩いているような印象」を見る者に与えることになってしまう。「時計の威を借りる狐戦略」はすぐに見破られる
 
 ・同じく、ネックレスなどの装飾品なども、服飾や身のこなしと調和を示すなら、そのひとのステータス性を強調するが、そのひと自身との調和が取れていなければ悲劇的な外観を呈する。


【違和感の無いアクセサリ着用によって、どのようなステータスが示されるのか】

 違和感の無い時計・アクセサリ着用はステータスの強調に役に立つけれども、ステータスを強調さえできれば良いかというと、良い場合もあれば、悪い場合もある。場所や状況次第で、強調すると有利になるステータス性もあれば、強調してもあまりメリットの無いステータス性、強調すると損をするステータス性さえある。
 
 例えば、ある集団・あるフィールドにおいては、ベンツのEクラス、金歯、金のネックレス、ローレックスの腕時計という装飾品によって強調されるようなステータス性が最強のプレゼンスを発揮するかもしれないが、別の集団・別のフィールドにおいては、その組み合わせが最低のプレゼンスしか発揮しない、ということが起こりえる。
 
 "大学教授めいたステータス"、シャネルのバッグに象徴されるようなステータスなども同様で、それが映えるような場面・文脈でこそ、ステータス性はコミュニケーション上のアドバンテージをもたらしてくれる。場違いな場での場違いなステータス性の強調は、あまり益が無いか、ときには害悪かもしれない。だから、自分がなんらかのステータス性を誇張できる場合、それがどのようなフィールドなのかを知悉し、そのような地の利の得られる場所を主たる活動領域にするのが望ましい。
 
 ・また、「わかる人にしかステータス性を明かさないステータス志向」「誰にでもわかるステータス志向」では、装飾品の選び方は大分違ってくるはずで、誰に対しどのようなステータスを強調したいのかによって、色々違ってくる。もちろん、壮年期以降に強調できるステータス性は自由選択ではなく、永年にわたる蓄積によるところが大きいため、せいぜい、自分の得意なステータスの強調をやるか/やらないかぐらいしか選択の余地は無いのだけれど。
 
 ・衣服の選択についても言えるが、自分の得意なステータス強調が通用しそうにないフィールドでは、そこにリソースを突っ込むべきではない。むしろ、自分の得意なステータスを隠すような、無難な服装/装飾品のほうが良い場合や、なにも身につけないほうが良い場合もある。


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