理想化自己対象 idealizing selfobject


  一行で表現するなら:  <span style="color:#660000;"><u>あこがれたり尊敬したりしていると、自分も誇らしくなったり立派になったように感じられるような対象。</span></u>    または、「尊敬・崇拝していると、力強さや元気さがみなぎってくるように感じられる対象」「その対象に所属していると自覚すると勇気付けられるような対象」なども、理想化自己対象の範疇に含まれるだろう。    鏡映自己対象の場合、相手のまなざしや賞賛を自分自身のほうに集めて自己愛が充たされるのに対し、理想化自己対象は、自分のまなざしや賞賛を相手のところに寄り添わせて自己愛が充たされる、というような向きになる。殆どの場合、鏡映自己対象と理想化自己対象では、まなざし・賞賛・尊敬のベクトルの向きが反対になる。    このため、ライブハウスのバンドとファンや、カリスマとその崇拝者のように、鏡映自己対象と理想化自己対象が上手く組み合わさって双方向的に自己愛を充たす、という現象がしばしば起こり得る。例えばライブハウスにおいて、バンドメンバーがファンからまなざしや賞賛を引き寄せて一体感を感じ取り、ファンはバンドメンバーにまなざしや賞賛を投げかけて一体感を感じ取る、という構図などは、その典型である。    <span style="color:#660000;"><span style="font-weight:bold;">例:</span>幼児からみて巨人のように力強くみえる父親、尊敬できる先生、憬れの先輩、村の誰もが崇拝している神社、信頼に値する思想家の著書、など</span>    ・なお、理想化自己対象は、本によっては理想化対象、という書き方をされていることも多い。このウェブサイトでは、自己対象、という言葉を明確に意識するため、必ず理想化自己対象という表現をするようにしている。  

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