・凡人はヘンリー・ダーガーの真似をするべきではない

 『ロスジェネ心理学』第六章で書いたような人間関係の重要性について、私は折に触れてネット上で強調してきました。しかし、その重要性を説くと、必ずと言っていいほど「そんな親しさは、コンテンツのなかのキャラクターだけで十分だ」という反論を語る人の姿を見かけたものです。若くて急進的な考え方を持っている人の場合は、そうしたカウンターに一定の説得力を感じる人もいるかもしれません。

 しかし、コンテンツのキャラクターからの親密さだけで間に合うと主張している人々の何%程度が、還暦を迎えた頃も楽しく過ごしていられるのかは、実際にはまだ未知数です。
 
 第三章〜第四章で紹介したような、洗練されたキャラクターを介して自己愛を充たしている世代が本格的に加齢しはじめるのはこれからですから、コンテンツやキャラクターに疑似親近感や自己愛を丸投げしてしまった人が歳を取ってどういう心境に到達するのかは、未来においてようやく判明することです。また、仮にキャラクターとの一体感を介して生涯自己愛を充たせるとしても、コンテンツのなかのキャラクターは実在の人間とは違って、生活上の相談に乗ったり知識や技能を融通しあったりはできませんし、魔法ランプの魔神のように、ディスプレイから抜け出してピンチを助けてくれるわけでもない点にも注意が必要です。

 昔、ヘンリーダーガーという掃除夫が、自分自身で描いた少年少女だけの物語に没頭しながら孤独な人生を過ごし、死後になってその作品が脚光を浴びる、という出来事がアメリカでありました。少し事情に詳しいオタクの人のなかには、このダーガーの例を引用しながら「つくりごとの世界の物語とキャラクターだけで、人間は心理的に生き延びることができる」と考えたがる人もいるようです。

ダーガーの絵サンプル
 ※ヘンリー・ダーガーは孤独な生活のなかでこのような絵と大量の物語をつくりあげていた。自らコンテンツを造り、それを自らの心理的なよりどころにするという、いわば“自給自足”がダーガーにおいては成立していたふしがあるが、同じライフスタイルを誰もが達成できるわけではない。

 しかし私は、誰もがダーガーのように徹底した孤独に耐えられるのか・つくりごとの世界のキャラクターや物語だけで心理的に充足できるのか疑問に思っています。なぜなら、もしダーガーのような処世術が誰でも簡単に出来るなら、社会的引きこもりの人達の語るあの苦しみも、ダーガー的処世術によって大幅に和らいでいる筈ですし、孤独を感じている人々がコミュニケーションを求めてSNSやネットゲームにノコノコアクセスしてくるような、今日的なインターネットの風景も見かけないのではないかと思うのです。

 もちろん、なかにはダーガーのようになれる人もいるにはいるでしょう。しかしそれは、生前のダーガーのように孤独に対して異様な耐性を持った、ある意味、選ばれた人だけの特権だと思います※1。「寂しい」と想起することが全く無いぐらい孤独に対する耐性を持った人でもない限り、ダーガーの真似はやめたほうがいいと私は思います。

 ※1実は、精神科領域では、このダーガーによく似た生活を営んでいる人を時々見かけます。具体的に言うと、単科精神病院で長期入院している慢性期の統合失調症の患者さんのなかに、ダーガーと同じく、外部とのコミュニケーションをぎりぎりまで避けながら、自分だけの物語や世界に没頭して結構満足している人を見かけたりするのです。『ロスジェネ心理学』を読まれた人なら、そうした処世術が、ある面ではオタクの処世術や現代人の処世術と共通していると気付くかもしれません。しかし、この手の患者さんが決定的に違っているのは、他人とのコミュニケーション・寂しさに対する執着がきわめて少なくて、そのあたりについて自発的に言及することも殆ど無いという点です。そのように徹底的にスタンドアロンな心性が、慢性期統合失調症という病態の関与も無しに多くの人に成立し得るものなのか、私にはよくわかりません。もちろん、ダーガーが統合失調症を潜在的に発症していたか否かもわかりません。もしダーガーが、統合失調症を潜在発症していたわけでもないのにそうした物語世界だけで自己完結できていたとしたら、やはり希有なことではないかと思うのです。
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