・鏡映自己対象として自己愛を充たすのに適した「萌え属性」

 こちらの続きです。

 「萌え」に適した美少女キャラクターを使って自己愛を充たす形式として最も早く発達し、普及したのは、鏡映自己対象として自己愛を充たすのに適した「萌え」キャラクター達と、その「萌え属性」だろう。具体的には、

・どんなことがあっても拒否せずに受け入れてくれそう脳内補完をしやすい「萌え属性」
・頼りない男性でも肯定し頼ってくれるような脳内補完をしやすい「萌え属性」
・自分を特別扱いし、価値ある自分を確認させてくれる脳内補完に適した「萌え属性」
 といった特徴を備えた美少女キャラクター達のことである。
 
 歴代の「萌え」キャラクターを振り返ってみると、上記のような脳内補完イメージを膨らませるのに適したものが多数含まれている。そして幼児にとっての母親に匹敵するような、高い要求水準にも適うような鏡映自己対象として消費しやすいキャラクターが人気を博していた。【メイド属性】や【幼女属性】のように一世を風靡し、いわゆる「定番」になったものも多い。このテキストでは、鏡映自己対象として自己愛を充たしやすいよう洗練されていった「萌え属性」の代表例を紹介してみる。

 ※各キャラクターおよび作品にはハイパーリンクが貼られており、なるべく公式サイトにリンクを貼るように努めてはみましたが、いかんせん古い作品も多いため、一部はgoogle画像検索や第三者のウェブサイトにリンクが貼ってある場合があります。予めご了承下さい。

【妹属性】
 消費者たるオタク達よりも一回り低い年齢設定で、ディスプレイ越しに、または男性主人公に「お兄ちゃん」と呼びかけてくれる美少女キャラクター達である。“義妹”という設定が盛り込まれていることが多く、近親相姦に抵触するキャラクターはあまりいない。2000年代に入ると[妹系に該当するキャラクター→一途なキャラクターである]というのが“おやくそく”になっており、オタクは、【妹属性】を目撃すれば一途に慕ってくれる妹なんだと自動的に期待する。そして、鏡映自己対象としておあつらえ向きのイメージを、さも当然のように膨らませ始める。最近は【ツンデレ属性】(後述)を併せ持った妹キャラクターのような、上記の“おやくそく”を逆手に取った例外も出現しつつあるが、その場合も、「表面的にはツンツンしたキャラクターであっても最終的にはデレデレの甘えん坊で兄を慕いまくり」という設定を施されていることが殆どなので、鏡映自己対象としての機能には殆ど問題を呈さないことが多い。2012年現在、妹属性はほとんど陳腐化しておらず、いまだ、ライトノベルやアニメの領域では健在である。

 妹属性の代表的なキャラクター:
 鳴沢 唯(同級生2) 1995年
 咲耶(シスタープリンセス)2000年
 高坂 桐乃(俺の妹がこんなに可愛いわけがない)2008年


【メイド属性】

 “奉仕”“ご主人様”という厳格な主従関係を連想するのに向いていたためか、当初、メイド属性はアダルト美少女ゲームのなかでも折檻シーンなどを含んだハードなカテゴリーで脚光を浴びていた。それがいまや、オタク文化の代名詞扱いされるほどメジャーな属性になっている。実際、これまでにメイド属性を持った沢山の美少女キャラクターが人気を博してきた。

 振る舞いにおいても、服装面においても、メイドキャラクターは無償奉仕・無抵抗を連想させ、そのような願望と想像力を膨らませるトリガーとして優れている。つまり、高い要求水準に適うような鏡映自己対象のイメージを膨らませやすい。妹系同様、ツンデレメイドとも言うべき変種が登場しないわけではないけれども、ツンデレメイドの場合も「表面的にはツンツンしていても、実はデレデレ」なので、鏡映自己対象としての機能には問題が無い。

 ただし、2012年現在、メイド属性はあまりにも周知され過ぎてしまったためか、パロディやコスプレの形でだけ作中に登場するケースが増えつつある。さすがに萌え属性として使い込まれ過ぎてしまったのかもしれない。

 メイド属性の代表的なキャラクター:
 クレア バートン(殻の中の小鳥)1996年
 翡翠と琥珀(月姫)2000年
 シエスタ(ゼロの使い魔) 2004年


【病弱属性】

 病弱属性を持った美少女キャラクター達は、その病弱な傾向のために、主人公(ゲームの場合はプレイヤー)の助力を必要とするように描かれる。このため、病弱キャラクターは、主人公が採ったヒロイックな行動・選択・勇気、などを肯定的に映し返す鏡としての機能を担うことが多い。まさに字義通りの、鏡映自己対象、である。例えばヒロインの悲劇的な運命を主人公が覆すか、そこまでいかなくても可能な限り運命を緩和するようなラストシーンを迎えると、病弱属性のキャラクターの鏡映自己対象機能はクライマックスを迎える。

 なお、一部の病弱キャラクターは、鏡映自己対象としてだけではなく、理想化自己対象としての傾向を帯びることがある。病弱由来の不遇に耐える姿・運命に敢然と立ち向かう姿が、オタクをして聖女のような理想のイメージを膨らませしめることがあるからだ。

 病弱属性の代表的なキャラクター:
 杉本桜子(同級生2)1995年
 藤堂加奈(加奈 ~いもうと~)1999年
 涼宮遙(君が望む永遠) 2001年


 【幼女属性】

 貧乳・寸胴・ランドセル・ツインテールの髪型・幼稚な言葉遣いなどを与えられ、美少女というよりは幼女という表現のほうが似合う容貌のキャラクター達は、界隈では定番の一つである。幼女嗜好・ロリコン嗜好そのものは過去に幾らでも遡ることが可能で、80年代初頭のロリコン漫画誌などが思い浮かぶが、「萌え属性」として洗練されたデザインの幼女キャラクターが登場しはじめたのは、おそらく1995年以降と考えられる。『カードキャプターさくら』『サクラ大戦』『痕』などが掘り起こした幼女キャラクターのニーズは21世紀以後も引き継がれ、コミックマーケットなどに行けば、この幼女属性に該当するキャラクターの二次創作作品を大量にみることが出来る。

 実在の女児とは異なり、「萌え属性」としての幼女属性のキャラクターは、快活ではあってもわがままであってはならない。また、言いつけには(不承不承ではあっても)応じるような健気さを全面に押し出した、男性側にとって制御可能な幼女でなければならない。実在の女児が、鏡映自己対象としての家族や年長者をむしろ必要としているのとは対照的に、幼女属性のキャラクターは、逆に主人公(やプレイヤー)の映し鏡として、何があっても健気に慕ってくれる存在であるよう期待されている。あるいは、柔順や服従を強要できる、意のままに弄ぶことのできる対象として期待されることもある。こうした事情も手伝ってか、この幼女属性・幼女萌えの世間受けは非常に悪く、いわゆるオタクバッシングの格好の材料としてしばしば槍玉にあげられている。

 なお、21世紀に入ってからは、身体的には幼女そのものではあっても、鏡映自己対象としての機能をあまり強調せず、そのぶん(例えばツンデレ属性などを加えて)双子自己対象としての機能を強調したキャラクターが人気を博することも増えてきた。とはいえ、2012年現在も伝統的な幼女属性のニーズが尽きる気配は無く、アニメでもライトノベルでも幼女属性のキャラクターには頻繁にお目にかかる。

 幼女属性の代表的なキャラクター:
 柏木初音()1996年
 しおりちゃん(はじめてのおるすばん)2001年
 袴田ひなた(ロウきゅーぶ!)2009年


 【幼なじみ属性】

  オタク界隈では「幼なじみ」というのも定番の一つで、現代のオタクは「幼なじみ」という言葉から“毎朝起こしに来てくれるような、世話焼きで献身的なキャラクター”像を即座に連想することが出来るまた、幼なじみのキャラクターには当然そのような身振りが期待され、もしそうでない幼なじみキャラクターが登場した場合には、「キャラが立っていない」と見なされるか変法として解釈される。基本的には、前述の妹属性やメイド属性と同じく、鏡映自己対象としてのイメージを膨らませやすい属性だといえる。

 なお、幼なじみ属性の美少女キャラクターには、異性との出会いの場・出会いのコミュニケーションを省略できるというメリットがある。一般的な恋愛物語の場合は男女の出会いの場が描写されなければならないが、幼馴染み属性の場合、「はじめから隣に住んでいるんだから出会っていて当然」なので、出会いの場を描く必要が無い。

 この、「出会いの場を描く必要が無い」というファクターは、能動的に異性にアプローチするようなメンタリティを有していない男性が、恋愛ゲームを楽しむうえで無視できなりメリットになっている。そのような男性の支持もあってか、この幼なじみ属性に限らず、「空から美少女が降ってくる」「クリスマスにメイドが届く」的な、男女の出会いのシーンを省略したようなモチーフはオタク界隈では珍しくない。

 幼馴染み属性の代表的なキャラクター
 神岸あかり(To heart)1997年
 羽山海己(この青空に約束を)2006年
 椎名まゆり(STEINS;GATE)2009年

 以上、鏡映自己対象として機能していることの多い「萌え属性」を幾つか紹介してみた。ここに挙げたような「萌え属性」を与えられた美少女キャラクターであれば、ちょっとぐらい絵の出来が悪かったとしても、主人公(やプレイヤー)自身をまなざし、見捨てず、常に寄り添ってくれる美少女としてのイメージを膨らませやすい――つまり、鏡映自己対象として自己愛を充たすイメージのネタとして機能しやすい。

 なお、念のため付け加えると、ここに挙げた「萌え属性」を保有していない美少女キャラクターであっても、思春期男性向けの深夜アニメやライトノベルに登場する美少女キャラクターのかなりの割合は、鏡映的自己対象としての機能をある程度は有している。次回紹介する「戦闘美少女属性」の場合や、次々回に紹介する「ツンデレ属性」に該当するような美少女キャラクターの場合も、豊かな包容力や優しい態度などを通して、鏡映自己対象として機能するようにデザインされていることが多い。

 どんな時でもまなざしてくれて見捨てない、つねに自分を受け入れてくれる対象としてのイメージを膨らませやすい美少女キャラクターは、これまでも人気だったし、現在でも人気である。これからも人気だろう。

 →つづき『8.理想化自己対象として自己愛を充たすのに適した「萌え属性」』を読む

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