・自己愛を充たしてくれる対象としての「萌え」キャラクター

 こちらの続きです。

 では、「萌え」キャラクターを骨組みにして、オタク達は実際にどんな願望と想像力のイメージを膨らませているのか?他人の頭のなかを直接覗くことは不可能でも、個々人が膨らませている願望と想像力のイメージが具現化された品物を参考にして、オタク達の願望と想像力のイメージを垣間見ることなら可能だ。そういう意味では、コミックマーケット(コミケ)や各種同人誌専門店は、オタク個々人の願望や想像力の実情を知るにはうってつけである。
 
 初めてコミックマーケットに参加した人は、頒布されている同人誌のうちに、一方的な性的・嗜虐的欲求のはけ口として描かれるキャラクターの姿をみつけて、仰天してしまうかもしれない。かと思えば、全く同じキャラクターが嗜虐とは正反対の、プラトニックな恋愛描写対象にされているのも見かけて、一つのキャラクターをもとに生み出される二次創作のバリエーション豊かさに驚くかもしれない。

 実際、同人誌をはじめとする二次創作の世界では、一人のキャラクターが同人誌Aのなかで「さんざん強姦された挙句に殺されている」かと思えば別の同人誌Bでは「保護の対象やプラトニックな描写の象徴になっている」といった現象が珍しいものではない。いわゆるカップリングのバリエーションも多種多様だ。こうした二次創作作品の多様性は、現在の「萌え」キャラクターというものが、めいめいの願望や想像力のイメージを二次創作という形に具現化させるための骨組み・フォーマットを提供しているということを如実にあらわしている。

 そしてどういう内容の二次創作であれ、それらが情報の疎なキャラクターを骨組みとしてめいめいの願望と想像力を膨らませて肉付けされている以上、「その二次創作を創った者にとって葛藤や齟齬を含まないイメージとしてしか現れてこない」、という点が心理学的には注目に値する。

 個々の二次創作作品は、それがどういう内容であれ、現実の異性のように緊張や制限を強いることもなければ、従来の絵画や彫刻のようにテーマや自己主張を押しつけてくることは無い。好みの属性を持ったキャラクターを選択する際と、願望と想像力を膨らませてイメージとして肉付けする際に、(実在の異性のような他者や、従来の芸術作品などには含まれて然るべき)齟齬・摩擦・不安・失望を想起させるような異物は徹底的にスクリーニングされるのだから、二次創作として立ち現れる同人誌や脳内補完されるイメージには、自己愛を充たすにあたってのノイズや欠点が存在しないのである。さらに言えば、「萌え」には自己愛を充たすにあたってのノイズや欠点が存在しない、とも言える。

 この構図は、いわゆるツンデレ属性のキャラクター達のような、一見つれない振る舞いをみせるキャラクターの場合も変わらない。ツンデレキャラクターのつれない振る舞い自体が、オタクに選ばれ願望された“媚態記号”に過ぎないわけで、ツンデレキャラクターもまた、体よく脳内補完や二次創作の骨組み・フォーマットとして利用され、個々のオタクは「自分にとって最も望ましい形でツンツンしてくれる女の子」のイメージを遺漏無く創りあげるだけである。

・萌えキャラクターは、自己愛を充たしてくれる対象(自己対象)としての純度が高い

 
 このように、「萌え」には自己愛を充たすにあたってのノイズや欠点が存在しないということは、オタク達にとっての「萌え」キャラクター達は、自己愛を充たしてくれる対象――自己心理学で言うところの、自己対象――として純度がきわめて高い、ということになる。そりゃそうだろう、スカスカの設定でつくられたキャラクターという名の骨組み以外は、軒並み自分の願望や想像力で肉付けされたイメージを消費する営み「萌え」である以上、現実の人間を自己対象とするのに比べて格段に純度の高い自己対象体験が得られるのは当然である。

 一般に、自己愛の成熟が十分ではない自己愛パーソナリティ傾向の強い人の場合、自己対象として自己愛を安定供給してくれる相手を日常生活のなかで見つけるのは困難きわまりない。ところが、キャラクターに「萌える」場合、齟齬や摩擦を含まない純度の高いキャラクター(の二次創作イメージ)を自己対象として体験することになるので、自己愛パーソナリティ傾向の強い個人でも、齟齬や摩擦につまづくことなく、安んじて自己愛を充たすことができるのだ。

 『ロスジェネ心理学』にも書いたように、現代においては自己愛パーソナリティ傾向は異常心理というよりは、むしろ現代人のデフォルトな、正常心理の一形態と理解したほうが良い程度には、一般化している。そんな、日常生活のなかで自己愛を充たしがたい個々人にとって、キャラクターに「萌える」ということ、あるいはほぼ相似なアイドル消費やカリスマ消費を行うということは、自己愛を充たし心理的なホメオスタシスを維持するうえで切実なニーズを担っているとみるべきだろう。また同時に、現実世界の対人関係にありがちな齟齬や摩擦に耐える力を身につける機会を遠ざけ、キャラクターやアバターといった骨組みを御都合主義的に脳内補完・二次創作する自己耽溺に耽らせる隘路になっている可能性を疑うべきだろう。

 以後のテキストからしばらくは、「萌え」キャラクターがどのように自己愛の充当に貢献しているのかの具体例を、[1.鏡映自己対象][2.理想化自己対象][3.双子自己対象]という自己対象のカテゴリーごとに紹介してみようと思う。    

 →つづき『7.鏡映自己対象として自己愛を充たすのに適した「萌え属性」』を読む

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